和田アキ子の昔 ミナミのアコと呼ばれて

現在「芸能界のご意見番」と呼ばれる和田アキ子。

芸能人にスキャンダルが起こると必ず和田アキ子はコメントを求められます。

そんな彼女は昔「ミナミのアコ」と呼ばれていました。

彼女の不良時代に迫りましょう。

 

 

和田アキ子は1950年4月10日 生まれの63歳。

今年でデビュー45周年となります。

そんな和田アキ子は在日韓国人2世として生まれます。

かつての本名は金福子、通名は金海福子で、デビュー前に、既に帰化した叔父の養女となり、和田現子となり、「現子」が読みにくいため、「アキ子」の表記になったそうです。

 

4人兄弟の長女で、下に3人の弟がいます。

和田アキ子の父親は厳格で、柔道の道場を開いていました。

父親にしつけのために殴られることは多々あったようです。

そんな中、アキ子は父親に反抗し、中学校で不良の番長として子分を従え、ミナミの繁華街を練り回ったそうです。

子分は700人いたと言われています。

ちなみに、彼女の出身中学は大阪の城星学園という私立のお嬢さん学校で、地元では評判の学校です。

意外ですね。

内部進学した高校は三日で自主退学し、この頃からジャス喫茶で歌うようになりました。

 

この頃、大阪ミナミの繁華街で、旅行客が恐喝されて暴行を受けていたのをアキ子が助けたというエピソードがあります。

無一文になった彼らの宿を手配したり、宿泊費交通費を負担したり、お世話したそうですが、不良というより面倒見のよい親分ですね。

その後、現 ホリプロ社長の堀威夫にスカウトされ、デビューへの道のりを歩むことになります。

現在、和田アキ子の芸能界での子分は700人を超えているのではないでしょうか。
過去記事; 和田アキ子とベッキーは共演NG?
http://www.seo2webdesign.com/talent/322/

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